神の夢が私の夢となる

2012年、大学院生一年生の時、つくばに在る召会で主を信じ、バブテスマされました。翌年、シスターズハウスに移住し多忙な学校生活を送りながら、3年間神を追い求めて、甘い召会生活を送りました。

大学院二年生の時、ずっと私を顧みていた姉妹は訓練に行くことを勧めました。当時、神に魅了されて、もっと時間をかけて神を知り、追い求める願いがありましたが、それとは別に、内側では自分の将来の夢を持っていました。

高校生の時から文章を書くことを通して、弱い人を助け社会の不正を暴露するジャーナリストになる願いを持つようになりました。大学院を卒業した後、新聞社か雑誌社で働くのは私の人生の計画でした。そして、卒業する前に、半年ほど就職活動をしました。就職活動の中で、社会の人々はお金、名誉、 地位に振り回されていることをしみじみ感じました。ある出版社でインターンシップしていた時によくわかったのは、自分がジャーナリストになっても、好きなように文章を書けるのではなく、ただ社会の人々と同じようにマモンに仕えるだけだということです。そもそも、文章を書くことを通して、本当に人間を助けることができるかどうか疑いました。人間に知識を与え、道徳を教えることはある程度、良い人間になるかもしれませんが、聖書に書かれているように、それはただ善悪知識の木の範囲の改善です。未信者から、信者になって、3年間召会生活の中で、神が人の中で働いたみわざを見た後、根本的に人を変えられるのは神の命、すなわちキリストであるということがわかりました。

 

主のあわれみでこのビジョンを見た後、この尊いキリストをさらに多くの人にもたらす負担を持つようになりました。そして祈りの中で、自分自身が訓練されて、キリストで構成される必要があると感じました。ピリピ38節はいいます、「わたしの主キリスト・イエスを知る知識の卓越性のゆえに、すべての事を損失であると勘定します。その方のゆえに、わたしはすべての事で損失を被りましたが、それらをちりあくたと勘定します。それは、わたしがキリストを獲得するためであり」。この御言葉に触れ、自分の夢を捨てて、神の夢が私の夢となり、献身を更新して、全時間訓練に行くことにしました。