主と兄弟姉妹の温かさに触れて

 私の学生生活、社会人生活は、人や環境に恵まれ、悩んだり落ち込んだり、ストレスを感じることがあまりなく毎日楽しく過ごしてきました。なので、私の生活には主が必要なかったのです。私にとって主はとても怖い存在でした。何か環境を与え、自分を困らせる方という風に思っていました。

そんな私に大きな転機がありました。

 2年前、私は会社で事故に遭い、右手の中指と人差し指を切断してしまいました。病院に運ばれた時、医師からは「残念ながら切断した指はつきません。こちらで処分しますね」と言われました。その時の私は「まっ、くよくよしてもしょうがない。今の医療はすごく進んでるし、すぐ治るから全然大丈夫〜」と軽い気持ちでいました。もちろん怪我はすぐには治らず、今まで、楽しく生きてきた生活とは180度違う生活に変わってしまいました。可哀想な目で見られたり、心ないことを言われたり、今まで味わったことのない辛く悲しい思いをしました。その時、私は「これからは絶対に泣かない。自分1人で強く生きていこう」と決意しました。なので、主に向くことも祈ることもしませんでした。

 ある日、集会に行った時、兄弟姉妹達が私の所に来て、「よく来たね。主もきっと喜んでるよ。」と涙を流して私をむかえて下さいました。そして、私が召会生活していない間も、地元の兄弟姉妹はずっと私のことを祈って下さっていたことを知り、本当に嬉しかったです。でも、私はどうしても自分で主に祈ることができませんでした。兄弟姉妹は自分で祈ることのできない私のとなりで、私のために必死に祈ってくださいました。今年2月、私は指を移植する手術をしました。手術台に上がった時、強く生きていこうと決意した私に、今までにない恐怖と不安が襲いかかりました。そこで初めて主に祈りました、「主よ私を助けて下さい。私はすごく怖く、とても不安です。どんな時も私と共にいて下さい。すべてのことをあなたに信頼します」。その時、心の中に今までに感じたことのない安心感があり涙がこぼれました。この経験を通して、召会生活に戻ることができ、また、いつでもどんな時も祈り、なんでも言える主が私の中にいることに、とても感謝しました。地元の兄弟姉妹が私のために祈り語って下さる姿を見て、私も主のことをもっと知って、語れるような姉妹になりたいと思い訓練に行くことを決断しました。主の恵みとあわれみにより、また、兄弟姉妹の祈りと支えにより訓練へと召されたことを主に感謝します。

「なぜなら、キリストの苦難がわたしたちにあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストを通してあふれているからです」。

Ⅱコリント1章5節

(第11期生 I姉妹)