預言の生活

 

預言は、主のために語り、主を語りだし、キリストを人に供給することです。

しかし、キリストを人に供給するためには、自分自身がその1週間に主を享受していないと人に供給して、語ることはできません。

私の今までの預言というのは、集会前にさっと朝ごとに目を通して、自分が享受したところをその時、その場で語るということでした。

しかし、毎日朝ごとに復興され、生活の中で言葉に触れるとき、構成されたものを語ることができます。

また預言の原稿を書くためだけに、追求するのではなく、生活の中で神の言葉を語ることを訓練する必要があると照らされました。

私たちは福音友人や顧みている姉妹、また家族に対して神の言葉を語ることができます。

 

申命記6:6-9「わたしが今日、あなたに命じるこれらの言葉を、あなたの心にとめなければならない。これをあなたの子供たちに努めて教え、あなたが家に座っている時も道を旅する時も、横になる時も起きている時も、これについて語らなければならない。これをあなたの手に結び付けて、しるしとしなければならない。それはあなたの目の間の覚えとならなければならない。あなたはこれを、あなたの家の門柱とあなたの城門に書き記さなければならない。」

 

聖なる言葉を語る唯一の方法とは、その霊によって生きることです。主の言葉を語りたいなら、わたしたちはその霊によって生き、その霊によって歩む必要があります。その霊によって生きるとは、その霊とミングリングされることによってです。

 

生活の中で主の言葉を語ることをさらに訓練されますように。

預言を通してさらに召会が建造されていきますように。

 

(第16期生 N姉妹)