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主との個人的で親密な交わりは尊い

エレミヤ17:7-8 

「エホバに信頼し、その信頼がエホバである者は幸いである。

彼は水のほとりに移植された木のようになり、その根を川のそばに伸ばし、暑さが来ても恐れない。その葉は茂ったままで、干ばつの年にも心配することはなく、実を結ぶことをやめない。」

 

木は水のほとりで、その水のすべての豊富を自分の中へと吸収することによって生長します。これは神の分与の絵です。これらの木としてのわたしたちは、神聖な分与を受けるために、生ける水としての神を吸収して、わたしたちの存在の中へと分与していただき、わたしたちの構成そのものとなっていただかなければなりません。生ける水としての神を吸収し、彼の要素と本質をもって構成されるということです。

わたしたちは、水のほとりに移植された木です。訓練を通して日々感じることは、根を川のそばに、また下へと伸ばすことの重要性です。わたしは最近、毎日30分間の個人の祈りの時間に主との親密な時間をもつことの尊さを感じます。クラスで語られた内容、日常生活のこと、福音友人や牧養している人について祈ります。はじめはどのように祈ったら良いか分からなくても、祈っているうちに自然と信実な祈りへと変わっていくことを感じます。

マタイ6:6

「あなたは祈るとき、自分の密室に入り、戸を閉めて、隠れておられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れて見ておられるあなたの父は、あなたに報いてくださる。」

 

また祈り読みや、神の言葉を歌うことで、神の豊富な供給に与れることを感謝します。

 I am a tree with roots by the river of living water.

Trials still may come, but they end in victory

And even in the wilderness when there’s no hope at all

I have roots by the river of the Lord.

When the scorching sun arrives

My leaves won’t wither and die

I have roots by the river of the Lord.

生ける水の源泉である主に

信らいするわたしは木のよう。

かくれたまじわりで主を吸収し、

根を伸ばし実をむすぶ。

試れんが来ても

しおれはしない

 主がわたしのしんらい〜♫♪

 

(第15期生 A姉妹)